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東京高等裁判所 昭和61年(ラ)417号 決定

抗告人

株式会社日本讃岐グループ本部

右代表者代表取締役

加藤孝雄

右代理人弁護士

小野直温

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一抗告人代理人は、「東京地方裁判所昭和五九年(ケ)第七〇三号建物競売事件において、同裁判所が昭和六一年五月二六日原決定別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)につきなした不動産引渡命令は、これを取り消す。」旨の裁判を求め、その理由として別紙記載のとおり述べた。

二ある不動産につき仮差押えの登記が経由された後、競売開始決定を原因とする差押えの登記がなされる前に、当該不動産につき賃借権その他用益権が設定された場合には、売却許可決定確定までに右仮差押えの執行が取り消されない限り、売却許可決定の確定により、右仮差押債権者は売却代金の配当等を受ける(民事執行法八七条一項三号、但し、同法九一条一項二号により、その配当等の額に相当する金銭は供託される。以下に引用する条文は、すべて同法の条文であるから、「同法」を省略する。)反面、その仮差押えの執行は失効する(五九条三項、八二条一項三号)とともに、右用益権者は確定的にその権利を失う(五九条二項)ものであつて、右のような仮差押えの登記後の用益権者は、八三条一項本文にいう差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者に該当するものとして、同人に対し不動産引渡命令を発することができるものと解するのが相当である(以上の各規定は、一八八条により不動産競売に準用される。)。

このように解しないで、仮差押えの登記後の用益権は、先行する仮差押えについての本案訴訟の結果いかんにより、消滅となるか買受人の引受となるかの帰すうが決まるものであつて、右本案訴訟の結果が判明するまでの間は、当該不動産の競売手続における売却条件を定めることは不可能であるから、競売手続を停止すべきものとすれば、競売手続が遅延するばかりでなく、そもそも、債務者としては、事前に他と通じて仮差押えの登記さえ経由しておけば、競売手続を事実上免れることができることになるのであり、民事執行制度として著しく不合理である。

以上の解釈によると、その後仮差押え債権者が本案訴訟において敗訴した場合にも、用益権者の権利が復活することが認められず、用益権者の利益を不当に害するのではないかとの問題がある。この点については、執行手続の適正迅速な実施という民事執行法の目的に照らし、不動産登記簿の記載により明らかな仮差押えの執行後に用益権を取得した者の保護には、以上のような限界があるのもやむを得ないといわなければならない(付言すれば、五九条二項は、以上の効果をもつ限りで、実体法規の性質を有すると解すべきである。)。

そして以上の解釈は、同法の関係法条の文理に何ら反するものでないばかりか、仮差押えの登記後の担保権についての八七条二項のような特別の規定がなく、かつ、五九条二項が「差押債権者」と並べて単に「仮差押債権者」と定めるのみで、仮差押債権者に特段の限定を付していないことにかんがみれば、以上の解釈の方が、よりよく同法の関係条文の文理に合致するものというべきである。

以上の解釈のもとに、本件についてみるに、一件記録によれば、本件不動産につき競売開始決定を原因とする差押えの登記がなされたのは、昭和五九年五月二日であるが、それより前の昭和五七年七月八日には、森百合子が同月七日東京地方裁判所仮差押え命令を原因とする仮差押えの登記を経由したこと、右森の仮差押え執行は、売却許可決定確定までに取り消されることなく存続した(本件抗告人の代理人自身、右森百合子の代理人として配当等を受けるべく債権届出書を提出した)ことが認められるのであるから、仮に、抗告人において、その主張するように、抗告人会社設立(昭和五九年二月一日)当初から、本件不動産の所有者であつた鮎貝凞との間で本件不動産につき賃貸借契約を締結した上、本件不動産の引き渡しを受け使用を継続してきたとの事実があつたとしても、抗告人の賃借権は売却許可決定の確定により既に失効したことが明らかであつて、抗告人に対し本件不動産の引渡しを命じた原決定は相当であり、本件抗告は理由がないものといわなければならない。

三よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官伊藤滋夫 裁判官鈴木經夫 裁判官山崎宏征)

抗告理由

一 抗告人は昭和五九年二月一日設立の食品関係のフランチャイズ店育成を主たる業務とする株式会社であり、設立以来現在に至るまで本店は東京都新宿区新宿四丁目三番一五号(三〇一号)に登記され、現実に存在している。

二 抗告人は会社設立時には、当時の本件建物の所有者であつた鮎貝凞氏との間で口頭で一時的な賃貸借契約をしていたが、昭和五九年四月三日、賃料月五万円、敷金二〇〇万円、期間三年の約定で書面により正式に契約し、建物賃貸借契約を締結した。

三 従つて、抗告人は本件建物につき不動産競売開始決定があり、右決定に基づき差押登記がなされた昭和五九年五月二日より以前からもとの所有者との間の賃貸借契約により本件建物を占有している者であり、民事執行法第八三条一項本文にいう「差押えの効力発生前から権限により本件物件を占有している者」に当るものである。

よつて抗告人に対しては、不動産引渡命令を発しえないものであるから、抗告の趣旨記載の裁判を求め、本抗告に及びます。

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